最近、『第3号被保険者(いわゆる扶養の年金と言われる)』の範囲が縮小されることがかなり話題に。
単に制度として見れば、これは時代の流れ。必然だと思います。
共働き世帯が増え、働き方も多様化する中で『配偶者に扶養される前提』の仕組みは少しずつ見直されていくんだろうなぁと漠然と思っていましたから。
「まぁ、コレってカビくさい昭和モデルだよなぁ。やっと制度変更になるのか~」
と感じている方、多いのではないでしょうか?
『公平性』や『持続性』という点を考えれば、流れる水のごとく自然な動き。
ただ一方で、私はこの『変化』には少し引っかかりを感じたりもします。
それは単純な『制度そのもの』に対してではなく、言葉で形容しがたい『安心感』が削られているように思えるからなんですよね。
かつては『専業主婦』という選択をしても、年金面ではある程度守られるという、ふわっ&ざっくりとした『安心感』がありました。
細かい条件を実行しなくても、もっと言えば別に知らなくても…
「ま、なんとかなるさ!」
という空気が少なからずあったように思います。
肝っ玉母ちゃんとかおおらかな父ちゃんみたいなイメージ。
余裕?いや、余白というか…
しかし今はどうなんだろう。
働く時間によって制度の適用のあるなし。
計算出来るだろうと思っていた将来の見通しも流動的で。
自分で調べて理解し、自分で選択し、自分で責任を持つことが求められる時代。
『妖怪・ジコセキニン』
が、この世に巣食っている…
ちょっと茶化しましたが…もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
ただ…特に子育てや出産のように『長期的で不確実な選択』を考える時、この『なんとかなるさ感』が薄れれつつあるのは、ますますじわじわと確実に少子化に効いてくるのではないかと。
お子様が成人するまで、親に降りかかるリスクや不安はとても大きい。
いや、もしかしたら成人しても手放しで喜べない事態になるかもしれない。
それに…ビジネスと違って、子育てって基本的にリターン求めないですしね。
今の時代なら、なおさらその傾向は強まっているのではないでしょうか?
親「お前を育てるのに○○万使ったわ。一生かけて俺らに返せよ?せめて元本はな!」
子「は?何言ってんだ、○○親!」
という親子関係だったら、きっと毒親認定されるだろうし。
少子化の問題は、単純にお金の話だけではありません。
むしろ…
『安心してこの『未来』を選べるんだろうか?』という漠然とした不安が重くのしかかっているからなのでは…と感じます。
いや、これは子どもうんぬんは関係なく思うことか…
制度自体が、余白のほとんどないような合理的なものになればなるほど、個人の不安は増えそう。
「この生き方をするオレ(アタシ)は、ダメかな…」
みたいな。
第3号の縮小は、世の中に重大な問題提起をしているような気がしなくもない。
知らんけど。
…以上、第1号の私の呟きでしたm(__)m


コメント
3号廃止よりも、社会保険の20時間以上の要件を撤廃すれば良いと思います。
無収入の3号とお小遣い稼ぎしている3号では、もともと同じ3号といっても種類が異なると思います。
社会保険はもともと労働者の生活保障の性質が強いものなので撤廃すれば良いと思うんですけどね。
この話が全く世の中で出てこないのは、社会保険料を払いたくない企業と主婦(主夫)の談合だと思っています笑。
また、社会が無償労働に価値を置かなくなったのでしょうね。
「自分自身は働きたくても…ちょっとねぇ?」
という人の、働き控えの大きな原因ですよね。
『労働』に対しての生活保障だったら本来の姿に戻るのは、別に不思議じゃないのかも。
そしておっしゃる通り、3号でも色々種類があって背景があるから一緒に考えるのもどうなの?っていうのも…
…談合!!強い言葉に感じますが、利害で言えば企業と主婦(主夫)でバッチリ一致しちゃいますもんね…(;^ω^)
社会が無償労働に価値を置かなくなったのに、家事支援サービスの国家資格を創設(ご存じかもしれませんが)するという珍行動。謎は深まるばかり…
コメントを頂き、ありがとうございました!